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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)853号 判決

原告 国

訴訟代理人 藤井俊彦 外三名

被告 花房郁郎

主文

被告が別紙目録記載の建物について昭和三三年二月一八日頃訴外逸見修策との間になした代物弁済契約はこれを取消す。被告は原告に対し、右建物について昭和三三年二月一九日大阪法務局受付第一、二六七号を以てなされた同月一八日売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告指定代理入は主文第一、二、三項と同旨の判決を求め、その請求の原因として「訴外逸見修策は、昭和三三年二月一八日現在において、別表第二記載のとおり合計二八九、五六〇円の国税を滞納していた。ところが逸見は、当時同人の唯一の財産であつた別紙目録記載の建物(以下本件建物という)に対する右滞納国税に基く差押を免れるため故意に、昭和三三年二月十八日頃、本件建物を以て逸見が従来被告に対して負担していた借入金債務一五〇、〇〇〇円の弁済に代えてその所有権を譲渡する旨の代物弁済契約を被告との間に締結し、この契約に基いて被告に対し、同月一九日大阪法務局受付第一、二六七号を以て同月一八日売買を原因とする所有権移転登記手続を経由した。よつて、原告は、逸見に対する滞納国税(昭和三四年一月三一日現在において別表第一記載のとおり合計三一四、二六〇円)の徴収権確保のため、(旧)国税徴収法(明治三〇年法律第二一号)第一五条の規定に基き、被告に対し前記代物弁済契約の取消と前記所有権移転登記の抹消手続を求めると。」述べ、被告の主張に対し、「(一)被告は現行国税徴収法(昭和三四年法律第一四七号)において(旧)国税徴収法(明治三〇年法律第二一号)第一五条が変更されていることを指摘するが、この法律は昭和三五年一月一日から施行せられているものであり、詐害行為の取消(現行国税徴収法第一七八条)についてこれを施行日以前に遡つて適用すべき明文の規定はないのであるから、昭和三三年二月一八日頃に締結された本件代物弁済契約に現行国税徴収法第一七八条の適用なきことは法の解釈としては当然である。

(二)被告は本件代物弁済契約当時詐害行為の事実を知らなかつたと主張するが、右事実は否認する。被告は逸見が国税を滞納していたこと、同人の資産としては本件建物以外に格別のものは何一つなかつたことを知悉していたのであつて、被告と逸見が隣接して居住していたこと、逸見が被告の甥であること、逸見と被告とは戦前戦後を通じて密接な親交関係にあつたことによりするも、被告は本件代物弁済契約当時詐害行為の事実を知つていたものというべきである。(三)被告は本件代物弁済であるから、詐害行為を構成しないと主張するが、代物弁済契約は債務の本旨に従つた履行ではなく、債務者の新たな自由意思に基くものであるから、これを純然たる債務の履行と同視できない。仮りに相当な価格でなされた代物弁済が(旧)国税徴収法第一五条の詐害行為にならないとしても、本件建物の価格は五八四、五〇〇円(建物自体の価格としても一七九、五〇〇円)であるから、逸見が被告に対して負担する一五〇、〇〇〇円の債務の代物弁済としては不相当のものである。」と述べた。

証拠〈省略〉

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め「請求原因事実中、被告が逸見より同人に対する債権の弁済に充てるため、原告主張の日時本件建物を代物弁済により所有権を取得し、原告主張の日にその主張のような所有権移転登記手続を経由したことは認めるが、逸見が原告主張のような金額の国税を滞納していた事実は不知、その余の事実は全部否認する。逸見は被告に対し、原告主張の借入金債務一五〇、〇〇〇円のほか、これに対する一〇年間の年六分の割合による利息九〇、〇〇〇円、本件建物の敷地の過去一〇年間の地代又は地代相当の損害金三六〇、〇〇〇円、メリケン粉代一〇〇、〇〇〇円合計七〇〇、〇〇〇円の債務を負担していたところ、本件代物弁済契約当時逸見は他にも約一、〇〇〇、〇〇〇円の債務を負担し、叔父である被告には経済的に多年恩義を蒙つていたので、他の債権者から本件建物について強制執行をうけることを慮り、被告に対する前記七〇〇、〇〇〇円の債務の代物弁済として本件建物を被告に譲渡した経緯であつて、債権者としての国家を詐害する意思がなかつたものである。(一)原告は(旧)国税徴収法(明治三〇年法律第二一号)第一五条に基き本訴請求に及ぶものであるが、本件については現行国税徴収法(昭和三四年法律第一四七号)第一七八条ひいては民法第四二四条が適用されるべきである。すなわち、(旧)国税徴収法が全面的に改正されるに際し、同法第一五条の規定は廃止せられ、現行国税徴収法第一七八条によつて詐害行為の取消については民法第四二四条の規定が準用せられることになつたが、本争訟が昭和三四年三月二日提起せられ、現行国税徴収法が昭和三五年一月一日から施行せられると雖も、現行国税徴収法附則第二条によつて、現行国税徴収法第一七八条ひいては民法第四二四条が遡及して適用せられるべきである。(二)被告は本件代物弁済契約当時詐害行為の事実を知らなかつたものである。被告は前述した経緯により逸見に対する七〇〇、〇〇〇円の債権の代物弁済として本件建物の所有権を取得したわけであるが、当時被告は債権者としての国家を詐害する事実を認識していなかつた。被告は買物に行く際逸見に対して税金の徴収か督促に来ているのに時々逢遇することもあり、逸見は、当時約一、〇〇〇、〇〇〇円の債務の返済に苦んでいた状態だつたかち、税金も滞納していることだろう程度の認識があつたが、かかる認識の程度では詐害行為の事実を知つていたものとすることはできない。(三)本件代物弁済契約は相当な価格の範囲でなされた債務の弁済行為であるから、詐害行為とはならないものである。すなわち、被告は逸見に対して七〇〇、〇〇〇円の債権を有していたが、これが代物弁済として五、六万円か最高に評価しても二〇万円内外の本件建物の所有権を取得したのであるから、本件代物弁済契約は、相当な価格の範囲でなされた債務の弁済行為として詐害行為を構成しない。」と述べた。

証拠〈省略〉

理由

文書の方式及び趣旨により公務員が職務上作成した真正な公文書と推定すべき甲第一、二号証によれば、訴外逸見修策が昭和三三年二月一八日現在において別表第二記載のとおり合計二八九、五六〇円の国税を、昭和三四年一月三一日現在において別表第一記載のとおり合計三一四、二六〇円の国税をそれぞれ滞納していたことが明らかである。そして逸見が昭和三三年二月一八日頃被告との間において被告に対して負担する債務の弁済に代えて本件建物の所有権を被告に譲渡する旨の代物弁済契約を締結し、この契約に基いて被告に対し同月一九日大阪法務局受付第一、二六七号を以て同月一八日売買を原因とする所有権移転登記手続を経由したこと、右代物弁済契約当時逸見が被告に対して借入金債務一五〇、〇〇〇円を負担していたことは当事者間に争がない。ところで原告は本件代物弁済契約は右借入金債務一五〇、〇〇〇円についてなされたと主張するに対し、被告はこれを争い、事実摘示のとおり右借入金債務一五〇、〇〇〇円を含む合計七〇〇、〇〇〇円の債務について本件代物弁済契約がなされたと主張するので検討するに、証人中村佐多志と証言と同証言により真正に成立したと認める甲第四、五号証及び証人西村秀夫の証言と同証言により真正に成立したと認める甲第六号証によれば、本件代物弁済契約は逸見が被告に対して負担する前記借入金債務一五〇、〇〇〇円についてなされたものであつて、被告の主張する地代、金利、メリケン粉代などはこれを包含していなかつたことが認められる。この認定に反する証人逸見修策、同花房和子の各証言は採用できず、証人津郷鉄夫の証言によつてもこれを動かすことはできない。

原告は本件代物弁済契約が(旧)国税徴収法(明治三〇年三月二九日法律第二一号)第一五条いわゆる詐害行為に該当するとして本訴に及ぶものであるが、被告はその根拠法規を争うので検討する。(旧)国税徴収法第一五条の規定は昭和三五年一月一日施行された現行国税徴収法(昭和三四年四月二〇日法律第一四七号)第一七八条が準用する民法第四二四条の規定とその立法趣旨を同一にするものではあるが、その法律要件を異にするのであるから、旧法は新法の施行にともない当然改廃せられその効力に失つたものであつて、もとより旧法の効力を残存せしめる経過規定も存しないのであるが現行国税徴収法第一七八条が制定施行せられるに当り、法不遡及の原則を明言する経過規定が制定せられていないことから、当然に新法に遡及効を認めた趣旨とは解せられず、また新法に遡及効を認める経過規定も存しないのであるから(被告は現行国税徴収法附則第二条を指摘するが、同条は新法に遡及効を認めた経過規定ではない)、法の一般原則に従い新法不遡効の原則、すなわち新法施行前に生じた事項については旧法を適用すべきものと解すべきである。従つて、原告が詐害行為であると主張する本件代物弁済契約が現行国税徴収法が施行せられる以前になされたものである以上、その法律事実から構成される法律要件の成立は(旧)国税徴収法第一五条によつて定めるべきであつて、その効力の発生した権利、すなわち詐害行為取消権が現行国税徴収法が施行せられるに至つた後において行使せられるとしても、その権利行使が新法又はその経過規定によつて制限又は禁止されるものでない以上、その既に効力の発生した権利の行使に対して(旧)国税徴収法第一五条の認める効力が附せられることは当然である。従つて原告がその主張する詐害行為の取消について、その根拠法規を(旧)国税徴収法第一五条に求めたのは正当であつて、これに反する被告の主張は理由がない。

よつて、(旧)国税徴収法第一五条に基き、逸見の詐害意思の有無、被告の善意、悪意について検討するに、成立に争のない甲第三号証、前記甲第四、五、六号証、証人中村佐多志、同逸見修策、同津郷鉄夫、同花房和子の各証言に被告本人尋問の結果によれば、逸見と被告とは甥、叔父の関係にあつて、逸見は戦前酒類販売業を営む被告の許で働いていたが、戦後復員してから昭和二二年一一月頃被告に頼んで上阪し、被告の居宅の隣接地である本件建物の敷地を、賃料は一、二年を免除し、その後は逸見の営業の成績によつて世間並の賃料を支払う約東で賃借し、これに本件建物を建築、居住し、同所において青物商を営み、ついで訴外津郷鉄夫と共同でモヤシ製造に従事したが、その経営不振のため被告以外の債権者に対し約一、〇〇〇、〇〇〇円の債務を負担し、その後は天婦羅屋を営んだこと、逸見は被告より昭和二四年頃二回にわたつて合計一五〇、〇〇〇円を借用したほか、本件建物の敷地については、その賃料について前記のような約東であつたため、殆んど無償に等しい条件でこれを使用し、その他叔父、甥の関係から保証人になつてもらつたり、天婦羅用のメリケン粉を借用したり、日常の生活について種々の恩義をうけていたところ、逸見と被告とは、当時逸見が他の債権者より約一、〇〇〇、〇〇〇円の債務を負担していて相当経済的な苦境にあつたところから、他の債権者より殆んど唯一の財産と目すべき本件建物について強制執行をうけるよりは、これを前記一五〇、〇〇〇円の借入金債務の代物弁済としてその所有権を被告に譲渡するにしかずと考え、本件代物弁済契約を締結したこと、当時被告は逸見より具体的な国税滞納の内容について聞知しなかつたが、逸見は当時約一、〇〇〇、〇〇〇円の債務を負担してその返済に苦慮していた折柄、時々収税官吏が逸見方に来訪していたのに逢遇したので、被告は逸見が税金を相当滞納しているものと察知していたことが認められる。この認定に反する証人逸見修策、同津郷鉄夫、同花房和子の各証言の一部及び被告本人尋問の結果の一部は前掲各証拠に照らして採用できず、他にこれを動す証拠はない。右認定の事実によつてみれば、逸見は当時合計二八九、五六〇円の国税を滞納していたところ、唯一の財産と目すべき本件建物を代物弁済として被告に譲渡したのであるから、右滞納国税の徴収権の執行を害するに至るべき効果を認識していたことは明白であり、被告は逸見の国税滞納の具体的内容を知らなかつたにしても、税金を相当滞納していた事情はこれを察知していたのであつて、本件建物が逸見の唯一の財産と目すべきことを知悉していたのであるから、被告と逸見とが隣接して居住していること、叔父、甥の関係にあること、戦前戦後を通じて密接な親交関係にあつたことなどよりするも、逸見の詐害行為の事実を知つて本件代物弁済契約を締結したものと認めるのが相当である。被告の立証資料によつては、被告が当時詐害行為の事実を知らないで、本件代物弁済契約を締結したものと認めることはできない。ところで被告は本件代物弁済契約が相当価格の範囲でなされた弁済行為であるから、詐害行為を構成しないと主張するが、代物弁済は債務者の負担した給付に代えて他の給付をなすことにより、弁済と同一の効力を生ずるものであつて、債務の本旨に従つた履行でないのであり、債務者がこれをなすと否とはその自由に決せられるところであるから、滞納者が滞納処分の執行にあたり差押を免れるため故意に代物弁済をなし、その結果国税徴収権の執行が害せられるにおいては、代物弁済が相当の価格の範囲内でなされたと否とにかかわらず、(旧)国税徴収法第一五条の詐害行為を構成するものと解すべきである。しかも、鑑定人吉村民造の鑑定の結果と同人の証言によれば、本件建物の価格は五八四、五〇〇円(土地利用関係と切り離した建物自体の価格としても一七九、五〇〇円である)であることが認められるから、逸見の被告に対する借入金債務一五〇、〇〇〇円の代物弁済としては相当価格の範囲内でなされたものということができない。

以上の次第であるから、逸見が被告との間においてなした本件代物弁済契約は(旧)国税徴収法第一五条にいわゆる詐害行為に該当するものというべく、原告が逸見に対する徴収権確保のため被告との間において、本件代物弁済契約の取消を求めるとともに、その結果無原因に帰した前記所有権移転登記の抹消登記を求める本訴請求は正当であるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 阪井いく朗)

目録〈省略〉

別表第一 逸見修策滞納税額明細票(昭和三四年一月三一日現在)〈省略〉

別表第二 逸見修策滞納税額明細票(昭和三三年二月一八日現在)〈省略〉

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